※ざっくり言うと※
・新潟県の弥彦神社にある重要文化財の刀がアホほど長い
・ドラゴンころしかな?(ベルセルク並感)
・実際には儀式用の刀剣だとされている

一振りの刀として鍛造された「大太刀 拵共 三家正吉作」(おおたち こしらえとも さんけまさよしさく)は、重さが14.5キロで長さは3.17メートルもあります。

この重厚な武器は実際の戦闘に使われたのでしょうか?こんな刀を使った戦士の大きさはどのくらいあるのでしょう?

現在でも、身長2メートルを超える人は、非常に背の高いものとみなされますが、これを作った時代にもそんなひとはいたのでしょうか?

古代には、それよりはるかに背の高い存在がいたのでしょうか?長年に渡って、世界中で数多くの論争の的になっている工芸品が発見されています。巨人が地球上に存在していたかしれないと思われる、多数の推測と陰謀説が出てきました。

昔から、日本の刀は恐るべき精度で作られ、崇拝され、象徴に満ちていたことはよく知られています。しかし、それらのデザインと寸法は、重要ではないものではありませんでした。

日本の刀はそれ自身の中に哲学をもち、何世紀にもわたって日本と国民のために命を捧げた、武士の闘争と名誉の価値に関係しています。

地球上で最も奇妙な武器の一つが14.5㎏、長さ3.17メートルの「大太刀 拵共」です。

ひょっとして巨人の剣でしょうか?

刀の大きさと重さは、数多く推測されました。もしもこの恐ろしい剣の大きさを扱うのであれば、戦闘で使った戦士の大きさはどうだったのでしょうか?

敵も、その剣を見るだけで、恐怖と畏敬の念を抱いたでしょう。その所有者は、比類なき大きさの真の巨人だったのでしょう。

しかし、実際には、その所有者は巨人ではありません。

実際、オオタチ・コシラエトモは儀式用の剣です。遠い昔、このような剣には、はっきりとした意図がありました。それは、熟練した人だけがこのような武器を作り出すことができるので、その所有者には信じられないほどの財産があるということを示しているのです。

興味深いことに、類似の剣は、中世ヨーロッパに存在することが知られています。同じく儀式用の剣とも考えられていました。

歴史を振り返ってみると、高品質の鋼は、日本では大量に入手できないことがわかります。実際、製錬のプロセスは長く退屈であり、鍛造も同様に困難でした。刃をまっすぐ、しっかりしていて丈夫に作り上げるためには、特殊な鍛冶技術が必要でした。

実際に、同様のサイズのものを鍛造することができた職人は、歴史に名前が記録されています。

さらに、それを買う余裕があった所有者に感心しました。これを維持し、「完璧な」ものにすることは安価ではなかったからです。

この長さは、伝統的な熱処理をより複雑にするため、生産がとても難しいものとなります。刃が長いほど、焼き入れと硬化温度に達するために刃全体を均質な温度に加熱することが、より困難に、ま​​たはより高価になるのです。

さらに、この刀を研磨することは、砥石の上を移動する一般的な刀とは異なり、別の課題でした。大太刀は天井から吊り下げられたり、磨かれるために静止した位置に置かれたりしました。