※ざっくり言うと※

・古代都市テオティワカンでは神による世界創造が行われた

・1500年前に太陽系の惑星軌道を真似てピラミッドを作る神采配

・なお、文字情報が一切残ってないので調べようがない模様

テオティワカンは、神々の発祥の地である古代都市です。アステカ帝国によれば、神は宇宙を創造しました。この古代都市の初期の歴史は謎に包まれており、その起源と創始者は謎のままです。 古代テオティワカノ族は、文字による記録を残していませんでした。誰がその都市を建設したのか、なぜ衰退したのか、そこの本当の名が何であるかを知る方法はありません。 

テオティワカンは、アメリカ大陸で最も大規模なプリコロンビア時代の都市の1つであり、ピーク時には約20万人の人口だったと推測されています。つまり、世界で最も大きな5つの都市の1つだったのです。

考古学的証拠によると、テオティワカンがオトミ、サポテク、ミシュテカ、マヤ、ナフアの人々によって、別々の期間に運営されていた多民族都市であったことが判明しています。

テオティワカンの力は、ティカルとモンテアルバンのような都市に示すように、テオティワカンと重要な関係を持つ他のメソアメリカのほぼ全域に影響を与えました今日の研究者は、この都市をテオティワカンと呼んでいますが、この古代都市の元の名前ではありませんでした。この都市は、西暦550年頃崩壊し、ナホアトール語を話すアステカ人により何世紀にも渡ってテオティワカンと命名されていました。

実際、アステカ文明が現れる約1000年前、テオティワカンはメソアメリカで最も大きな都市の中心でした。ナワトル語を話すアステカ人によって命名される前に、現存するテオティワカンについての唯一の言及は、マヤ地方の象形文字の中で、プシュと呼ばれる「葦の場所」にあると考えられています。

「テオティワカン」という単語は、「神の生誕地」または「神が生まれた場所」と翻訳されています。この翻訳は、テオティワカンで実際に起きたと言われるナフアの創造神話を元にしています。

テオティワカンは、アステカ人の信じる、神が宇宙を創造した場所なのです。

天文学的に配列された超巨大構造

世界中の他のピラミッドと同様に、テオティワカンで発見されたものは非常に魅力的です。テオティワカンの “死者の道”で見つかったピラミッドと遺跡に関する最も知られている特徴の1つは、建設者が、私たちの太陽系の惑星軌道をコピーして作ったかのような配列構造です。

太陽系と同じく惑星が太陽を中心に周回するように、巨大ピラミッドが太陽のように他のピラミッドの中心に位置するという、非常に精密な情報を見ることができます。私たちの太陽系は“公式に”9つの惑星を持ちますが、驚いたことに、テオティワカンのピラミッド構造もちょうど9つです。

興味深いことに、太陽のピラミッドはテオティワカンで最大の建物で(単なる偶然でしょうか?)メソアメリカ全土ではチョルラの大ピラミッドに続く2番目の大きさです。その大きさのため、ピラミッドは数キロメートル離れても見ることができます。高さは63メートルですが、底辺の長さは約225メートル。それがギザにあるクフ王のピラミッドと比べられる理由です(クフ王のピラミッドは底辺の長さ約230メートル)。

テオティワカンの太陽のピラミッドは、5つの重ね合わされた切頭円錐体と3体構造で構成されています。太陽のピラミッドは死者の道の東側にあり、実際にはこの道に垂直に整列しています。不思議なことに、太陽のピラミッドは街の中で最も古い建物ではありません。月のピラミッドがテオティワカンで最も古い遺跡と考えられています。

アリゾナ州立大学の考古学者ジョージ・カウギルは、その遺跡の見える部分はすべて詳細に計測されていると考えています。しかし、科学的に発掘されたのはわずか5%に過ぎません。

誰がこの心をそそる超大都市を建設したのでしょう?なぜ放棄された?なぜ最初に存在したのしょう?アステカ文明の1000年前に誰が住んでいたのですか?元々の名前は?なぜ誰にとってもこんなにも魅力的な謎なのでしょう?