隠されたポーカーの歴史とは?

ゲームには、長―い歴史があります。私たち人類社会において、クリエイティブな人が暇つぶしのために生み出した素晴らしいゲームはたくさん存在しますが、時を経てもなお愛され続けるゲームはほんの一握りです。ポーカーはもちろん、その中のひとつとして含まれています。ポーカーは、他に類を見ないほど多様なバリエーションをもち、その事実がポーカーの激動の過去、様々な文化への適応、改良を経てきたことを物語っています。現在、カジノ店舗やギャンブル施設には必ず、何十台、時には何百台ものポーカーテーブルが用意されています。

ポーカーは、幅広い層のプレイヤーに受け入れられてきた娯楽であり、バースデーパーティー、休暇、友人との集まり、お祝い事などといった、色々なシーンで遊ばれてきました。そして近年、インターネットが登場したことで、ポーカー人気はかつてないほど高まり、今ではスマホやタブレットなど、ほぼ全ての携帯機器でプレイできるようになっています。

ところでポーカーは、どのようにしてギャンブル業界で今のような確固たる地位を築いたのでしょうか?また、どんな特徴によって他のカジノゲームよりも人気になったのでしょうか?綿密に調査を行った結果、ポーカーに関する疑問や質問に対する答えをすべて見つけました。では、ポーカーの隠された過去についてご紹介します。 

起源は中国?

他の多くのゲームと同様に、ポーカーも起源の特定が非常に難しいゲームです。どんどん過去へたどっていくと、ポーカーの歴史はなんと約1000年前の中世の中国にまで遡ります。膨大な数の絵画や資料を分析した科学者たちによって、ポーカーの起源は古代中国のドミノゲームであるという結論にたどり着きました。ポーカーは皇帝のお気に入りだったという説もあります。皇帝は気に入りすぎたあまり、帝国内のすべての家庭にポーカーセットを置くよう命じたと言われています。

ペルシャとのつながり?

上記ほど支持されていない説ではありますが、ポーカーの起源は16世紀だという説も存在します。この説を支持する歴史家や考古学者は、ポーカーは「As Nas」という中世ペルシャのゲームと明らかなつながりがあると主張しています。面白いことに、この「As Nas」は今でもオリジナルの形で保存され、プレイされ続けています。イランの街中では、レストランやカフェでプレイしている人を見かけることもあります。 

植民地と征服者がもたらした?

ポーカーの起源は、ヨーロッパ大陸、とりわけフランスとドイツだとする説も存在します。あまり定かではありませんが、17世紀にフランスやドイツの貴族によって親しまれ、ペルシャや中国のカードゲームの改良版だと考えられています。フランスで「Poque」、ドイツで「Pochen」と呼ばれていたこのゲームでは、プレイヤーがそれぞれ3枚のカードを受け取ります。

このゲームで重要なのはハッタリです。そして、ヨーロッパ人が西の新大陸、つまりアメリカ大陸に移住した時代に、この当時人気であったゲームを持ち込んだとされています。やがて19世紀初頭のニューオーリンズにおいて、現代版のポーカーが登場することになるのです。